
Биография людоеда Сагава Иссэй , история которого описана в книге ADAMA PARFREY
APOCALYPSE CULTURE.
佐川一政
※この記事にはグロテスクな表現や画像が含まれてます。注意して下さい。
佐川一政
パリ留学生人肉食事件の犯人。
犯行当時32歳。
身長160cm 体重35kg
シェークスピアの研究で修士号を持つ。
1981年6月11日、オランダ人の女子大生、ルネ・ハルデルベルト(25歳)を射殺し、死体を切断して食べた。
祖父は朝日新聞の論説委員。
父親は元軍人でシベリアに抑留される。
母親は一政を身籠っている間に階段で転び、流産しかかった事がある。
一政は生まれた際、父親の掌に乗る程小さい未熟児で虚弱体質だった。
取り調べ中の証言によれば、人肉食への願望が芽生えたのは小学生の頃だったという。
佐川、3歳の頃、叔父と「人食い鬼」に食べられるという遊びをしていた。
中学入学後は「若草物語」などを読み耽り、ベートーベンやヘンデルを好んで聞いていた。
16歳になり、人肉食への願望について精神科医に電話で相談を申し込むも、その医師は相談に応じなかった。
和光大学3年のとき、35歳のドイツ人女性宅に忍び込み逮捕されるも、佐川の父親が払った示談金を女性が受け取り、告訴を取り下げた為、有罪にはならなかった。
その後、佐川はシェークスピアの「テンペスト」に特別な意味を見出だし、修士論文のテーマにする。
1977年、28歳になり、シェークスピア文学で修士号を取得。
パリに留学する。
佐川がフランス語で著した修士論文は教授達から高い評価を受けた。
逮捕されたのは、それが出版される直前だった。
留学中、何度か自宅に売春婦を連れ込み、人肉食への願望を果たそうとするが、ためらう。
被害者の女性、ルネ・ハルデルベルトは首を至近距離から撃たれており、その後屍姦されていた。
※グロ画像注意
大腿部を噛んだが噛み切れず、ナイフで肉を切り取った。
佐川本人によれば、大腿部の脂肪層は「トウモロコシのような黄色をしており、食べるとマグロの刺身のようにやわらかかった」という。
二日間に渡り、肉に塩・コショウ・からし等をつけて口にしては快感を得ていた。
女性の衣服はシャンゼリゼ通り沿いのゴミ箱に捨てたが、下着は取っておいた。
自宅のバスルームでハルデルベルトの遺体を切断したが、切断は遺棄しやすくするもので、切断自体には嫌悪感を感じていたという。
※グロ画像注意
切断した遺体を2つのスーツケースに入れ、公園の池に捨てようとしたが、中年カップルに目撃されている事に気付き、近くの茂みにスーツケースを捨て逃亡する。
この死体遺棄現場までタクシーで行ったことから足がつき、犯行から4日で逮捕される。
警察が自宅へ行くと、佐川はまったく抵抗せず、素直に罪を認める。
冷蔵庫からは切断された遺体の一部が見つかった。
犠牲者のルネ・ハルデルベルトは裕福なユダヤ人の家庭の出身で博士号取得の為、パリに来ていた。
佐川のアパートを訪ねたのは、ドイツ近代表現主義の詩人ベッヒャーの詩をドイツ語で朗読して欲しいと佐川が高額の報酬で頼んだからだった。
事件後、83年の判決では、犯行時、心神喪失であったとして無罪となり、精神病院への無期限入院を命ぜられる。
アンリ・コラン精神病院に14ヵ月入院した後、84年5月に退院を許可され、国外追放となる。
佐川は家族の意向から東京の精神病院に入院。
日本の刑事裁判では海外での裁判結果は国内の訴追には影響しない為、警察当局は殺人罪で起訴を検討した。
だが、フランスのプルギュリエール予審判事が証拠提出を拒否し起訴は見送られる。
現在、佐川は作家として創作活動を続けている。